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- アースデーの誕生(1) -

アースデイの誕生


アースデイ −4月22日− 1970年近代環境運動誕生の記念日
1970年のアメリカで起こったことといえば、ケント・ステート大学学生デモ、光ファイバーの出現、アポロ13号、ビートルズのラストアルバム、ジミ・ヘンドリクス死去、マライア・キャリーの誕生などが挙げられますが、もう一つ、18年間認識されていなかった事件があります。サウスカロライナ州エーケンのサバンナリバー原発における燃料棒融解事故です。
このような状況のなか、アースデイは誕生しました。
アースデイの創立者でありウィスコンシン州出身の上院議員でもあるゲイロード・ネルソン氏は、環境問題に対する全国的な抗議運動を提案し、議題として国会に持ち込み、政治体制を揺るがしました。「あれは賭けだったよ。でも、うまくいった。」彼は後にこう語っています。

当時、アメリカ国民は大型車V8セダンから発せられる有鉛ガスを吸い込んでいました。産業廃棄物として排出されていた煙や汚泥については、法的に糾弾されたり問題が報道されたりする恐れはほとんどありませんでした。大気汚染は、一般的には繁栄の印として問題視されていませんでしたし、「環境」という単語は、単語テストでよく使われてはいましたが、夜のニュースで聞くことはほとんどありませんでした。
アースデイ1970が誕生、アメリカ国内に広がります。
4月22日、2千万人ものアメリカ人が通りや公園、講堂に集まり、健康と環境維持のためのデモを行いました。ナショナル・コーディネーターのデニス・ヘイズ氏と彼に続く若いスタッフ達で全国的な集会を組織し、環境汚染に反対した何千もの短大、大学がこのデモに参加しました。オイル排出、工場や発電所による汚染、未処理下水、有毒な廃棄物、農薬、高速道路建設、自然破壊、野生動物の絶滅などの問題に取り組んでいるさまざまなグループも、自分たちも共通の価値観で闘っているのだということをあらためて実感しました。

アースデイ1970は、収入のちがいや身分を問わず、都会のビジネスマンであろうと農家の人であろうと、大実業家であろうと労働者階級の人であろうと、共和党員から民主党員まで多くの人たちが協力し、非常にまれな政治的連携を達成したのです。



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